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悪夢から3日経って・・・

TVで被害を確認するたびに増える被災者・行方不明者の数。
これが本当に日本で起こっていることなのか、
と目を疑いたくなるような地獄のような被災地の状況。
食料・物資が不足している中で
寒さと不安に耐えながら、家族との連絡すらままならないまま
避難所で4回目の夜を迎える避難所の方々。

締め付けられるような心の痛みを感じながらも
何も出来ない自分の無力さにもどかしさを抱いております。

転勤族だった義父の赴任先で、
夫が小学生時代を過ごした宮城県岩沼市。
以前夫が仕事で何度も足を運んだことのある福島県南相馬市。
両市とも壊滅的な被害を蒙ったようで、
夫婦で黙ったまま信じ難い映像を見つめていました。



誰もが経験したことの無い母国の大惨事を受けて
思い気持ちのまま、また新しい1週間が始まりました。

どんな過酷な状況でも、朝は来る。
これは悪夢ではなく、紛れもない現実なのです。



今日から始まる予定であった計画停電。
私たちの住む地域は15:20~19:00ということで、
それに備え朝から準備をしていました。
夕飯時にあたるため、予めおにぎりを握ったり、
お湯を沸かして水筒に入れておいたり。
娘たちの小学校は、時間短縮で授業が行われました。
たった3時間程度の停電予定にもかかわらず、
周りは慌しい雰囲気で、私も大忙し。

結局今日の停電は最後まで行われませんでしたが、
日々私たちがどんなに電気に頼っているかを痛感しました。

文明の利器に囲まれた、何不自由ない私たちの暮らし。
娘と夫たちを「いってらっしゃい」と送り出し、
普通にご飯を作り、洗濯をして、お風呂に入る。
そんなあたり前だと思っていた日常が
どんなにか幸せなことかということを
改めてしみじみ感じた週末でした。



大地震に見舞われる確立が最も高い、
と言われて続けてきた静岡県で生まれ育った私。
明日はわが身、と家族で防災バッグの確認をしました。
これらのお世話になる日が来ないに越したことは無いけれど、
もしかしたら明日にでも必要になるかもしれない。
家族が離れ離れの状況でも再会ができるように、
避難場所を今一度話し合いました。


今私たちに出来ることは何だろう?
長女のクラスで、1時間目の授業を変更して
そんな話し合いがなされたようです。

節電・節水・募金。
これ以上被害が大きくならないよう祈ること・・

そのくらいしか思いつきませんが、
ひとりひとりの力は微力でも
それが合わされば大きな大きな支援になること。
心して日々を過ごしたいと思います。


引き続き自衛隊・諸外国の救助隊の方々には
ひとりでも多くの命を救えるよう
力を尽くしていただきたい。

被災された全ての皆さまには
心よりお見舞い申し上げます。

【 2011/03/14 23:12 】

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